大判例

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東京地方裁判所 昭和61年(特わ)2308号 判決

本籍

東京都北区西ケ原一丁目五三番地

住居

東京都豊島区駒込一丁目一〇番一三-九一〇号

会社員

久保進

昭和一三年一一月二九日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役二年及び罰金五八〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する

この裁判の確定した日から四年間、右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都豊島区駒込一丁目一〇番一三-九一〇号に居住し、昭和五七年一月三一日ころまでは同所において、同年二月一日ころからは同都文京区本駒込五丁目七二番一四号秋山ビル三階において、遊技機械のリース業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、リース料収入を除外して仮名の定期預金等を設定するなどの方法により所得を秘匿した上

第一  昭和五六年分の実際総所得金額が一億二五八五万七五五八万円あった(別紙1の(1)(2)、所得金額総括表及び修正貸借対照表参照)のにかかわらず、ことさらに右年分の所得税の納期限である同五七年三月一五日までに、東京都豊島区西池袋三丁目三三番二二号所在の所轄豊島税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで申告期限を徒過させ、もって不正の行為により、昭和五六年分の所得税七七五九万九七〇〇円(別紙4の(1)脱税額計算書参照)を免れ

第二  昭和五七年分の実際総所得金額が一億三三九七万四七一三円あった(別紙2の(1)(2)、所得金額総括表及び修正貸借対照表参照)のにかかわらず、ことさらに右年分の所得税の納期限である同五八年三月一五日までに、前記豊島税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで申告期限を徒過させ、もって不正の行為により、昭和五七年分の所得税八一四四万一八〇〇円(別紙4の(2)脱税額計算書参照)を免れ

第三  昭和五八年分の実際総所得金額が七四六〇万四二一七円あった(別紙3の(1)(2)、所得金額総括表及び修正貸借対照表参照)のにかかわらず、ことさらに右年分の所得税の納期限である同五九年三月一五日までに、前期豊島税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで申告期限を徒過させ、もって不正の行為により、昭和五八年分の所得税三六四七万五九〇〇円(別紙4の(3)脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一、被告人の (イ) 当公判廷における供述

(ロ) 検察官に対する各供述調書

一、佐合永志、山根信弘、堀江瞳、大槻昭博、久保隆、久保基、久保霞、吉野博、坂本茂文、廣瀬清一及び久保初枝(二通)の検察官に対する各供述調書

一、菊地慶子及び神田龍司の収税官吏に対する質問てん末書

一、収税官吏作成の次の調査書

(イ)  現金調査書

(ロ)  普通預金調査書

(ハ)  定期預金調査書

(ニ)  郵便貯金査書

(ホ)  定期積金調査書

(ヘ)  貸付金調査書

(ト)  前払金調査書

(チ)  土地建物調査書

(リ)  機械調査書

(ヌ)  車両調査書

(ル)  保証金調査書

(ヲ)  敷金調査書

(ワ)  未払金調査書

(カ)  借入金調査書

(ヨ)  事業主勘定調査書

(タ)  申告不要収入調査書

(レ)  元入金調査書

(ソ)  譲渡損失調査書

(ツ)  利子所得調査書(二通)

(ネ)  雑所得調査書(二通)

(ナ)  譲渡所得調査書

(ラ)  源泉徴収税額調査書

一、大蔵事務官佐藤光一作成の査察官報告書

一、検察事務官作成の報告書(二通)及び電話聴取書

一、国民健康保健料納付状況照会回答書

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示各所為は、所得税法二三八条一項にそれぞれ該当するところ、情状により同条二項を適用したうえ懲役刑と罰金刑を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内、罰金刑については同法四八条二項により各罪につき定めた罰金の合算額以下において処断するべきところ、後記理由により被告人を懲役二年及び罰金五八〇〇万円に処し、罰金の換刑処分につき同法一八条を、刑の執行猶予につき同法二五条一項を適用する。

(量刑の事情)

本件は、個人で遊技機械のリース業を営んでいた被告人が、昭和五六年以降三年間に亘り、合計三億三四〇〇万円余りの所得がありながら、その所得を全く申告せず、よって合計一億九五〇〇万円余りの所得税を脱税したという事案であって、その税ほ脱率が一〇〇パーセントであること、ほ脱税額が二億円に近いことにかんがみると、かなりの悪質、大型脱税事件といわなければならない。

本件に至る経緯をみると、被告人は、喫茶店の従業員をしていた昭和四五年ころ、勤務先等に賭博用遊技機械を設置することにより、望外の利益を得たことに着眼し、同四七年ころから個人で遊技機械のリース業を営むようになり、次第に事業を拡大してきたところ、昭和五六年ころロイヤルマージャン、セレクトマージャンなどの賭博性の高い遊技機械を手がけたことが当たり、飛躍的に収入を増大させたものの、元来被告人が貧農の生れで幼児期から人一倍金銭に対する執着が強く、できるだけ多額の金銭を貯えたいとの願望や、被告人自身の営業の不安定さに対する不安等から、その収入の殆ど全部を仮名又は借名の定期預金等に投入して資産の蓄積を図る一方、自己の所得については一度も所得税の確定申告を行わないまま、本件脱税に至ったものである。

本件各犯行の態様をみると、被告人は売上金(リース料収入)を秘匿するため、リース先に対し極力自己の名義を使わず、新栄企画、朝日リース、東京リースなどの名称を用いる一方、売上金の計算書類を破棄し、会計帳簿類も一切記帳せず、売上金をいったん王子信用金庫駒込支店の仮名普通預金口座に入金した後、経費支払後の利益を右支店ほか一一か所に仮名又は借名の定期預金等として預け入れ、さらに郵便局の仮名等定期預金とする等していたものであるが、取引銀行職員らに仮名口座の設定といわゆるマル優扱いを要求し、預金利息に対する課税をも免れていたものである。

また、本件犯行当時のリース料収入の相当部分は、賭博性の高い遊技機械リースによる収入であるうえ、そのリース料なるものも遊技機械の売上を設置先と折半する方式がとられており、純粋のリース料とはいささか趣きを異にし、違法行為の対価とみられないでもないのであり、被告人は昭和四六年一二月豊島簡易裁判所においてわいせつ文書等の販売罪により罰金刑に処せられた前科のあることにもかんがみると、被告人に社会性及び論理性の欠如が著しいとの検察官の主張も首肯し得るところである。

以上のような、本件犯行の動機、態様、ほ脱額、被告人の経歴、性格及び前科等に徴すると、被告人の刑事責任は重いといわなければならないが、他方、被告人の収入が飛躍的に増加したのは、概ね本件対照年度の昭和五六年ころからであって、それ以前においては、その収入はそれほど高額ではなく、しかも、被告人は、獲得した所得の大半を仮名預金等して蓄積していたところから、その収入及び資産は殆ど捕捉されていること、被告人は、本件の捜査及公判を通じて犯行をすべて自白し、深く反省しており、本件の対象となる三年分及び昭和五五年分の四年度につき期限後申告のうえ、各年分の国税本税及び付帯税をすべて完納し、地方税についても昭和五七年及び五八年分の一部を残してすべて完納していること、現在は、賭博性の高い遊技機械を取り扱っていないこと昭和五九年一〇月、資本金一〇〇〇万円で株式会社東京リースを設立し、個人経営を法人化したうえ、顧問税理士の指導により青色申告法人として経理体制を整備していること等被告人のために斟酌すべき諸事情も認められるので、被告人に対しては、今回に限り暫らく懲役刑の執行を猶予してその自戒に委ねるのが相当である。

(求刑、懲役二年及び罰金六〇〇〇万円)

よって主文のとおり判決する。

検察官江川功、弁護人神宮壽雄各出席

(裁判官 小泉祐康)

別紙(1)の(1)

所得金額総括表

No.

久保進

昭和56年12月31日現在

〈省略〉

別紙(1)の(2)

修正貸借対照表 (事業所得)

No.

久保進

昭和56年12月31日

〈省略〉

別紙(2)の(1)

所得金額総括表

No.

久保進

昭和57年12月31日現在

〈省略〉

別紙(2)の(2)

修正貸借対照表 (事業所得)

No.

久保進

昭和57年12月31日

〈省略〉

別紙(3)の(1)

所得金額総括表

No.

久保進

昭和58年12月31日現在

〈省略〉

別紙(3)の(2)

修正貸借対照表 (事業所得)

No.

久保進

昭和58年12月31日

〈省略〉

別紙 4の(1)

脱税額計算書

56 年分

〈省略〉

別紙 4の(2)

脱税額計算書

57 年分

〈省略〉

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